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人は彼女を活動家と呼ぶ / They call her an "Activist"

活動家:誰かが片手に握ったマイクをペンライトに持ちかえただけの、 只の人の意。EXOにハマりGOT7を愛で、防弾少年団を口ずさむ。

[COLUMN]活動家を友に持って①:非ドルオタから見たKポぺん序論

 

みなさん、春めいてますか?

私は春めいてます!(惰眠を貪っているという意味で)

今週はめんにむが神話コンで、

来週は菜姐がソン・ホヨン生誕祭と防弾少年団コンで来韓と、

にわかに慌ただしいおまホテル(ソウルの下町に位置、教会とモーテルに挟まれている)です。

 

今回は、共通の友人(というか私の幼なじみで他のブログ姉妹とも仲良し)村タコスに登場してもらい、彼女が見た「活動家」の姿について一筆お願いすることにしました。

 

↓まず、ここの管理人のプロフィールをおさらいする人はこちらへ↓ 

 

misojiandshimeji.hatenablog.com

 

ここでブログをやっている管理人4人は、

おまるの双子の片割れむすび丸(既婚)と、

おまるとむすび丸の中学からの幼なじみ村タコスを加えた6人で

日々駄話を垂れ流すLINEグループを作り、懇親を図っています。

 

この6人は、2013年年末に、おまるとむすび丸の実家で開催されたEXO動画をひたすらみるパーティに集ったメンバーであり(菜姐、めんにむは他メンと初対面であった)、その翌日の大晦日、合コンに繰り出しては華々しく散り、帰りのカラオケでウルロンを絶唱したKIZUNAを誇る6人でもあります。あ、既婚むすび丸は合コンはこなかったね。ともかく、そこからLINEグループができ、現在に至っています。

 

ドルオタばかりのアラサーLINEグループに、一人非ドルオタとして存在する村タコス。厳密にはライトペンむすび丸もいますが、彼女はKARAやRAINBOWなどは結構知っているため、ほぼKポ知識が無いのは彼女だけです。

 

一時は怒涛のKポ情報の応酬に、村タコスがLINEルームを抜ける、という事件がございましたが、「Kポ部屋」と「非Kポ部屋」を分けることで解決を見…ました。(未だに非Kポ部屋にEXO画像を誤爆することが日常茶飯事ではあるが)最近は、パッと見てアイドル関連と認識すると、瞬時に流せるというスルー力が鍛えられたそうです。よかった!!!

 

皆さんは、自分が何らかの「ファン」になること、そして「活動家」になることにどんな理由があったと思いますか?また、周りにはどう思われていますか?

 

非ドルオタ村タコス(最近彼氏できて羨ましい)からみた活動家の分析、合っているかそうでないかは後ほど本人に感想を貰うとして、大変興味深いものになっています。

 

是非ご一読の上、自分や自分の周りの活動家について思いを巡らしてみてはいかがでしょうか?

 

それでは、活動家論、ごーごーしんっ!!!

 

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20150322_(韓国アイドル)活動家を友に持って

 

日 時:2015年03月22日、16:18〜

場 所:コメダ珈琲

参加者(敬称略): 村タコス(文責)

 

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【活動家論】

 

私は、彼らが馬鹿に思えることもあるし、羨ましいと思うこともある。

彼らは、とても幸せそうだが、私には彼らが見るように世界を見ることができないからだ。

横で見ている分には楽しい・・・時の方が多い。

時おり、理解不能の外国語で盛り上がり、おいていかれてる感があろうとも。

 

何かを「好きだ」と自覚的に思えることは、素晴らしいことだと思う。

神様が人間に与えて下さった、幸せを実感するためのテクニックだ。

私は、これをうまく使いこなせる人が、日々を幸せに生きている人だと思っている。

正しいとか善悪なんてものは主観で変わるのだ。

確実なのは、自分の「好き」という感情だけ。

それに従って生きていれば、間違いはないと思っている。

前提として、自分の感性と理性に差がないこと(=素直な状態)であることが必要であるが。

その話は、また別の機会に。

 

さて、好きなものの話であるが、

音楽、好きなキャラクター、好きな人、やっていて楽しい趣味、

見ていて好きな収集品、ペット・・・人によってそれぞれだろう。

でも「アイドル」という対象を殊更愛する人々がいる。

その世界にどっぷりつかっている人が、時たまいる。

私にもそういった友人が数人いる。

ここではそんな彼/彼女らを「活動家」と呼んでいるね。

彼らの「好き」は、純粋なのだが、どこか理解できないのだ。

私は彼らに再三宣伝され、義理で引きこまれてみようかと思ったこともあるのだが、どうしても彼らと同じように世界を見ることができなかった。

少なくとも私と彼らには「境界」があるように感じられた。

これは別に、人間を二元論で語ろうとしているのではない。

私には私が愛するものがいくつかあるが、彼らはそれらではなくアイドルを愛するという違いだけである。

ただ私はどうしてもアイドルを好きになることはできなかったのである。

なぜなのか、明確な答えは出ていない。

活動家から宣伝されたものは、アイドルだけではなかった。

その他にもたくさんの音楽や動画や絵画や写真や考え方を紹介された。

下記で取り上げる活動家は私の中学から今に至るまで付き合いのある数少ない人間のうちの1人であったし、ある期間のルームメイトでもあった。

つまり、かなり気が合う方だったということだ。

 

そんな彼女から紹介されたものは、私のあまのじゃくな性格からか、紹介されてもすぐには受け付けないのだが、長い期間にじわじわと好きになり、最後には私のお気に入りにまでランクインしたものがいくつもある。

 

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しかし、アイドルを愛するということだけは、無理だった。できなかったのだ。

韓国のアイドルといっても、彼らの曲や、ダンスパフォーマンスや、美しい見た目を愛でるということはある。

しかし、彼らのいずれにも、あたかも「恋をしている」かのような状態には達することがなかった。

私は、アイドルの人柄や生活を、現実と信じてそれを愛でるということができない。

「虚像でしょう?」と思ってしまうからだ。

横に座って、触れて、話せて、気持ちを通い合わせることができる彼氏の方が、やっぱりよくないだろうか?

蛇足であるが、私には最近できた彼氏がヒョンビンよりもかっこよく見える。

 

彼らという存在は、不思議なのだ。

私とは何かが違うのだ。

人と違うということを、この横並びを叩きこまれる日本においても物ともせず、好きだということを突き詰めた人々。

彼らに敬意を表して、彼らの生態についてここに記すものとする。

 

生態を明らかにするべく、アイドル好きの本質について掘り下げてみたい。

 

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まずは、Level1。

上述した私の古くからの友人の例である。

「おまる」という。(彼女のハンドルネームである)

私は、彼女は、男という生き物に恐怖を抱いているということを聞いている。

これがアイドル好きになった一つの要因ではないかと推測しているのだ。

彼女が好きになるアイドルは、むさくるしくて臭くて汚くて男性フェロモンがむんむんなタイプではなく、清潔で肌は白く、細く美しく、きれいな存在である。

彼女は、現実にいる、むさくるしく臭くて汚い男性に忌避感を抱くあまり、イデア的な存在を演出によって得ているヤツらを、イデアを待ち望むかの如くうらやんでいるのではないかと思うのだ。

 

あー、ここまで書いて、この議論は答えが出ず、書いたあとにも解決しない気持ち悪さを残すだろうことが見えてきた。

活動家どもを喜ばせるだけで私にはなんのメリットもない執筆活動であるような気がひしひしとしてきた。

しかし、友達のよしみで、最後まで書こう。

今日は私の逃避活動日なのだ。

ラッキーだったな、友よ。

私の逃避の生産性の高さを思い知るがいい。

 

さて、話を元に戻そう。

読者のみなさんには私の事情など全く関係がないのだから。

すみませんでした。

プラトンによれば、現実世界はイデア界の「影」なのだ。

(高校の倫理の時間に習わなかっただろうか。)

さまざまな鎖に縛り付けられた洞窟の中から、光輝くイデアに恋い焦がれ、絶対に手に入らないイデアを求め続けるのが、人間、らしい。

おまるは、現実世界に対する恐怖を強く持つがゆえに、より一層イデア的なものに対する恋い焦がれを追求してしまうという流れの中で、アイドルを愛しているのではないかと、私は考えている。

 

ただ、たぶんこの理由だけでは説明できないと思う。

一つの要因で、かつこれを取り上げた理由は私が面白いからに他ならないといういい加減なものであることを読者は理解しておいていただきたい。

読者の中にも思い至る節がある人はいるのではなかろうか?

 

 

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さて、次。Level2だ。

「菜姐」という活動家について書いてみよう。

彼女は私とはまだ付き合いが長くない。かれこれ1年強である。

「おまる」の活動仲間、というか、この道に導いた伝道師とでもいおうか。

そのつながりから、私とも知り合うに至った。

 

彼女は、「おまる」以上に理解不能だ。

なぜなら、彼女は、現実世界に対する恐怖といったきっかけがないからだ。

なぜあそこまでエネルギーが出てくるのかが私にはわからない。

負の何かが発端になっているならば、見えやすいのに。

すごいエネルギーなのだ。

おそらく彼女は、アイドルでないなにかを好きになったとしても、あれくらい深くハマることができる人種なのだと思う。

好きになったら、とことん、というタイプ。

私は、そこのところがとてもうらやましい。

エネルギーというのは、本来人間が持って生まれたもの以上に、何かをきっかけとして湧き上がることがある。

それは、負の経験から湧き上がることと、正の感情から湧き上がる2パターンがある。

どちらも世界に対して働きかけるのに利用することができる。

ただ、前者は時としてエネルギーを使えば使うほど負の連鎖に巻き込まれるということがある。

だから私はこの正の感情から湧き上がるエネルギーがもっと豊富にあればいいのに、と思うのだが、これを湧き上がらせるのはなかなか誰にでもできることではないのだ。

負のエネルギーは、すでにその宿主に起こった過去の出来事から発せられる。

一方で、正のエネルギーは、常に今の「好き」や「面白い」という想いからエネルギーを絞り出すのだ。

こういう想いは、根が深くないことも多く、私などの場合は俄かに井戸を掘りあてたとしても3日で尽きるということもままある。

そして、これは本人にはどうしようもないことなのだ。

正に、超越者から「与えられる」というかんじ。

菜種から油を絞るように、「好き」という想いからエネルギーを絞り出すとして、やはり絞る対象の総量が多くなければ、エネルギーはたくさん産出されないのだ。

「ハマる」人とは、その総量が多い人間なのだ。

 

考えていることの説明が長くなったが、「菜姐」のアイドル好きは、そのハマるタイプの彼女がたまたま見出した対象だったの、かもしれまない。

しかしながら、先日彼女と話していたときに、彼女の不思議な行動にひっかかった。

友人のファンクラブをつくろうとしたのだ。

私は、「友人でいいのでは? その関係でいいものを、わざわざ祭り上げるようなことする意味はなんだ?」と質問せざるを得なかった。

彼女は、「どうしても対アイドルみたいに、好き=ファンとか、愛でるっていう発想になってしまう・・・・・・」と言ったのだ。

ここに、彼女を活動家たらしめる要素を見出すヒントが隠されている気がしている。

どうして、距離を感じずに済む関係性においても、距離を取ろうとしてしまうのか。

彼女にも、「好き」の対象物に対する畏怖や恐怖といった感情が、意識下に控えているということなのだろうか。

可能性としてはある。

彼女の行動には恐怖といったものが見え隠れすることがほとんどないが、それが現れるときにこそ、その意味が見えてくるのかもしれない。

読者にはフラストレーションを残してしまったかもしれないが、私にもまだ分からないのだ。

引き続き観察を続けるとするので、ご了承いただきたい。

 

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さて、今回の最後Level3。「めんにむ」についてである。

彼女は、「おまる」、「菜姐」以上に分からないのである。

考えられる要因としては、恐怖説、ハマル性質説いずれもある気がする。

バランス型ということだろうか。

ただ、彼女のアイドルの愛し方は、他の2人以上に、少女マンガのヒロインがヒーローを愛する愛し方に似ている気がするのだ。

たとえば、彼女は神話のエリックさんだったかが好きだった気がするのだが、彼らの新曲を私に勧めてくれたときの、彼女の初恋の相手を紹介してくれるかのようなほんのり桜か梅の咲きかけを思わせる蒸気した頬とやわらかな笑顔が私の記憶に残っているのだ。

そして、現実世界においては、彼女は未だ男と付き合うということを考えていない。

その発想をまだ持ったことがない、という感じなのだ。

つまり、彼女の人を好きになるという行為は、彼女の周りに存在する現実の男性に対してではなく、アイドルを対象としてのみ存在するということだ。

ゆえに、私は以下のように結論付けた。

彼女は、恋するということを何らかの理由により周辺男性に対してではなく、アイドルに対してのみするようになっているのではないかと。

つまり、恋愛対象代替説、とでも言おうか。

但し、彼女の場合、私は、その恋愛対象として今しばらくの内に周辺の男性が入り込んでくる余地が生まれ出しているのではないかと考えている。

そうなったとき、彼女の恋愛の対象は、どうなるのだろうか。

同時に成立するのか、一方が幕を引くのか。

近々来るという予感を信じて、大変に楽しみにしているのだ。

読者のみなさんにはどうでもいいことだと思うが、私には昨今ヒョンビンよりかっこいい彼氏ができた。

 

 

 

 

さて、恐怖からの逃避説、ハマる性質説、恋愛対象代替説、いかがだっただろうか。

まだ論説としては体系化が大層甘いことは承知の上だ。

ただ、現状を文章としておくことで、今後の観察データによってブラッシュアップしていく礎をまずは作ったとご勘弁いただきたい。

あと、嘘は書いていないが、書いている途中でちょっと楽しくなってきて、ちょっと大げさに書いたり、ウザいであろう私の近況なども入れてみたのも許してほしい。

 

逃避活動はそろそろ終えて、私も現実世界に戻らなければならない時間がやってきた。

うん、書きあげてみると、まあ案外なかなか楽しかったな。

もう書くことはなかろうが、逃避というものは大層楽しいものなのだ、ハマったらまた来るかもしれない。

バッシングは、本活動家ブログの管理人たちに言ってもらえるようお願いしたい。

 

 

 

以上。

 

 

 

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皆さん、いかがでしたか?

 

私(おま)としては、ちょっと言いたいこともありますが笑、

こういう風に見られているのだなあと感心すると同時に、

同じ活動家でもいろんなタイプが居ることを改めて実感いたしました。

 

皆さんは自分がこのパターンにちょっと 近い、などありましたか?

人の数だけ下位カテゴリは増えていくだろうけど、

大雑把に分けて考えると、いくつかにカテゴリ化できるのかもしれません。

 

自分はこうだった。これはどうか。など、ご意見などございまいしたら、いつでもコメント欄にジュセヨ!

活動家ブログは、読者の皆様の忌憚なき意見をお待ちしています!

 

 

 

後、さすがに彼氏がヒョンビンよりかっこいいっていうのは少々いかがなものかと思いますよ!!!!!(主に嫉妬)

 

それでは、シリーズ2を期待しつつ、今回はおしまいです。

寄稿してくれた村タコス、ありがとうございました👃